七ぶらシネマ 第12回
このところ学校が休みの時期になると日本映画を上映する映画館は、
アニメのオンパレードとなる。昔からのアニメ・ファンとしてはうれし
い限りだが、喜んでばかりいられないのは、それが日本映画における題
材不足、企画力の貧困の反映でしかないからだ。
もっとも、それは一見バラエティに富んだ作品を送り出しているかに
見えるアメリカ映画でも同様である。ヒット作品の続編、続々編は当然、
「ゴジラ」(製作中)や「ShallWeダンス」(製作予定)のよう
な、外国作品のリメイクも多い。特にフランス映画からのものが多く
「赤ちゃんに乾杯!」が「スリーメン&ベイビー」に、どん欲にもハリ
ウッドとは水と油といえるゴダールさえ取り上げ「勝手にしやがれ」が
「ブレスレス」(注)という次第。
テレビ作品の映画化も盛んだが、少々理解に苦しむのは、現在の人気
作品ではなく、「ミッション・インポッシブル」のような何十年も前の
シリーズ物が出てくること。予告されているものだけでも、「宇宙家族
ロビンソン」「おしゃれ(秘)探偵」「ワイルドウエスト」とある。
さらには、イギリス物にも手がのびて、「セイント」。大作仕立てで、
モスクワの赤の広場での大ロケーションを敢行していて、なかなかの見
ものになっている。惜しむらくは悪役のバレリー・ニコラエフが良い味
を出していながら、余りにあっけなく退場してしまうこと。
何より困ることは、テレビ版を知らない若い人には関係ないことだが、
テレビ版に親しんだ者にしてみると、ヴァル・キルマーがどんなに熱演
しようと、セイントことサイモン・テンプラーはロジャー・ムーアでな
くてはならない、という念が抜けないこと。テレビでムーアが演じたセ
イントは、イキでおしゃれ、キルマーのように自分の過去に悩むような
ことはなく、軽快なフットワークが身上で、そこが魅力的だった。
もっとも、先代のイメージの被害者という点では、ムーアこそその大
先輩といえる。007/ジェームズ・ボンドでは、本数にしろ、演じた
期間にしろショーン・コネリーより増さっているにもかかわらず、コネ
リーのイメージが強烈で、いくら原作者がムーアをイメージにボンドを
造形したと伝えられても、ボンドはコネリーで、決まり。
それゆえ、つい最近までコネリー自身と、そして見る我々もコネリー・
イコール007の呪縛を逃れられられなかった。
(注)「勝手にしやがれ」のフランス原題を英語に直訳すると「ブレ
スレス」となるが、やはり、「勝手にしやがれ」の方が、映画の
雰囲気を伝えていると思う。
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