七ぶらシネマ・特別編

極私的、静岡の映画館は、かつて...その2


浅間神社から長谷通りをくだり約1キロのところに白鳥座があっ た。しばらく東映の2番館(3番館?)だったところで、橋蔵、千 代之介、錦之助の映画をたくさん見たはずだが、鮮明に残っている のは梅宮さんの演ずる「遊星王子」。多分、「ナバロンの要塞」な どを経てチャンバラ少年から洋画ファンに変身したあとのことであ り、セットが信じられないほどチャチだったことを、そして、その ことの文句を言っていたことを覚えている。 その後、東映専門を離れて邦画各社の作品、果ては洋画も上映す るようになり「椿三十郎」と、ベルモンドの「太陽の下の十万ドル」 が、この劇場の記憶と共にある。私の映画体験がヘンなのか? ================================================================= 北街道から清水(シミズではなくキヨミズ)さんを結ぶ通りには 城東劇場と南風座があった。 城東劇場は大映や松竹の作品を上映していた関係もあって馴じみ が薄い(犬シリーズの宝劇場は、車町に住んでいた筆者のすぐ近く で、それに対しこのふたつの劇場は小学生にとって遠すぎた)。そ れでも、小学5〜6年生の一時期、月に一度洋画を上映していた。 で、「ワーロック」を見に行きました。大好きなリチャード・ウィ ドマークに、ヘンリー・フォンダとアンソニー・クインの西部劇で ある。中盤の、街の通りでのフォンダの決闘。彼が拳銃に手をやっ たと思った瞬間、相手側は地面に倒れていて、拳銃はフォルスター に収まっていた(まま?)。 小学生にとっては重いドラマで、ドンパチがあればこそ見るに値 した作品の、その最も重要なシーンが見事に削られていたわけだ。 何も暴力シーンだからといって映倫がカットしたのではなく、いく つもの映画館を回るうちに欠落してしまったのである。 《40数年を経ての訂正!?!?》 六人のガンファイター著:「西部劇(ウェスタン)への招待」(PHP 選書:2004.9)の146ページ以降に、菊地秀行氏の「『ワーロック』 ―射たないのに凄い決闘シーン」なる文章がありました。その冒頭には 「決闘シーンとは、まず射ち合いで片がつく。というか、つくべきもの である。ところが『ワーロック』では射たないのだ。」とあるのではな いか!!  同書の第1章の座談会を読むと、わたしが見た「射たないシーン」とは 違うシーンのようだが、図らずも同じ効果が??? ================================================================= 南風座は、またしても東映専門館。チャンバラも見たはずだが、 ここでの記憶は、何と言っても「わんぱく王子」「ホルス」の2本。 では、他の東映動画作品といえば、これが「猿飛佐助」にしろ「安 寿と厨子王」にしろ「西遊記」にしろ駿府公園の児童会館だったか ら、映画館で見た両作品は、その点でも印象的だった? ================================================================ 駅の南には4つの映画館があった。静岡駅南口の約100メート ルほどの所には、その名もズバリの駅南劇場。東宝、大映、松竹の 作品を上映していた。印象の薄い劇場だが、「二十歳の恋」と三船 敏郎の監督作品「五十万人の遺産」の2本立を見たという、ヘンな 記憶がある(通常なら3本立であり、事実かは断定できない)。 ================================================================= 駅南劇場のすぐ近くには地球座があったが、この映画館は後回し にし、駅南銀座がカネボウ通りと交わる当たりにあった駅南東映。 これは正真正銘の東映の2番館で、静岡東映で封切直後の作品が、 そっくりそのまま回ってきていた。料金も封切館と3番館の間の値 段だった記憶がある。 ================================================================= 南街劇場は、つい10年ほど前まであったので覚えている人も多 いと思う。その末期、長らくピンク映画の上映館として延命してい たのだが、ではそれ以前は?、といっても鮮明な記憶は、残念なが らない。何故か「ブワナトシの歌」を見たという記憶が残っている だけである。 ================================================================== で、とっておいた地球座。 ここは洋画の3番館であり、次回に触れる名画座と共に静岡の洋 画少年のメッカだった(3番館なのに2本立だった)。 「風と共に去りぬ」「荒野の七人」から「戦艦シューペイ号の最後」 に「底抜けてんやわんや」に「地底探検」さらには「双頭の殺人鬼」。 さらにさらには「グランドキャニオンの決闘」に「突撃隊」。「勝 利なき戦い」の艦砲射撃は胸のすく思いで見たものだった。なんで もありだった。淀川さんではないが、名画座が映画の大学だとした ら、こちらは高校というべきか? 確かに、日本人が一生のうちで もっとも勉強するという受験勉強に相当するほどの、映画をここで 浴びた。 そのころ(筆者が小学生から中学生にかけてのころ)駅の北側に 住む子供にとって駅南に行くことは大冒険(今だって、そうかも知 れないけど)だった。でも、出掛けたのだ。 「OK牧場の決闘」「ガンヒルの決闘」「ゴーストタウンの決闘」 と、「スクリーン」や「映画の友」で知った伝説の3部作を見たの も、もちろん数知れないマカロニ・ウエスタンも、この地球座だっ た。 とはいえ、中心街を外れた映画館で最初に閉館したのは、この劇 場だった。映画が斜陽であるということを初めて身をもって感じた ものだった。 (続く)
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