七ぶらシネマ・特別編

極私的、静岡の映画館は、かつて...その3


静岡駅の北側。本来の静岡の街に戻る。両替町2丁目、現在の夜 の静岡の中心となる場所、森岡ビルのところに第一劇場があった。 第二東映、ニュー東映の上映館だったことを覚えている。だから、 ここで見た「水戸黄門」の黄門さんは、月形龍之助ではなく宇佐美 淳也だった。2番目の東映は、そんなに長くは続かなかったので、 以後は東映系列の2番館となった(ような気がする)。大村文武の 「月光仮面」に熱狂し、「モーガン警部」も見ているのだから、時 はすでにテレビの時代になっていたのだ。 ================================================================ そこから7〜80メートルほどのところ、現在ボーリング場とゲー ムセンターとなっているところの、七間町側に静映、両替町側にカ ブキ座があった。 静映は日活の封切り館だったが、それも現在のミラノ2・3に静 岡日活ができるまでだった。当時は、まだチャンバラ専門少年であ り、ここで裕次郎を見た記憶はない。いつか、その前を通りかかっ た時、赤木圭一郎が事故を起こし現在は......という貼紙を見かけ たことと、ずらり並んで掲げられたダイヤモンド・ラインの大きな 写真を覚えている。 ================================================================ カブキ座は連載で書いたように、当初(というか筆者が認識でき る時期以降は)ストリップの劇場であった。で、映画館になり、多 分、本稿の第1回にふれた国際劇場が、ボーリング場になったのに 代り洋画の2級作品の封切り館になったのだが、しばらくの間は舞 台からのせりだしと、その先に円形舞台があり、それが気なって気 になって仕方なかった。 実に純情だったんですね。 ここでの上映が2級作品をメインとした、というのを説明すれば、 007は決してここで上映されなかったし、「ナポレオン・ソロ」 シリーズが、ここで上映されれば2本立てのメイン作品であったが、 この同じシリーズの作品がオリオン座(や有楽座=ソロ・シリーズ が有楽座で上映されたことはないと思う)で上映されることになる と添え物として扱われた、ということである。 「ピンクの豹」は有楽座で上映され「暗闇でドッキリ」はこちら。 「黄色いリボン」がオリオン座だったのに対し「ダラス」がリバイ バルされたのは、この劇場だった。 で、困ったことに「暗闇でドッキリ」や「ダラス」の方が、実の ところ面白かった。 レックス・パーカーをヒューチャーしたドイツ製の西部劇、ゼロ ゼロXX(XX not = 7)と銘打たれた題名をもつ多くのスパイ映画 が、ここで上映された。ロジャー・コーマンの作品、ハマー・フィ ルムの映画も、ここで見たのだった。 とはいえ、本来はテクニラマで70ミリ・プリントでの上映が基 本のはずのハリーハウゼンの「アルゴ探検隊」が、ここで公開され ているので、1級2級の区別は、恣意的、相対的なものであったと いえる。 (再び)とはいえ、ここで見た映画の大半はクズであり、だからヘ ストンの「ウィル・ペニー」(ヘストンの最高作品と信じている) がこの劇場にかかった時、彼が超大作の顔でなくなったことを感じ た。事実、以後、ヘストンを<顔>としたスペクタクル作品はない はずである。 ================================================================== ここのひとつ安倍川寄りの通りにあったのが、名画座。その名の 通り洋画の名作と言われる作品を、地方都市では、まったく珍しい ことだが1本立で上映していた。(1週間ではなく5日で番組が代っ ていたはずである) ここでの印象的な作品を上げるとなると、幾つになるやら。とい うのも、ただでさえ選ばれた作品を上映していたし、何と言っても 1本立て。気にいった作品は、続けて2回見ることは普通、3回4 回と見た作品も少なくないからだ。 地球座のところで書いたように、静岡の映画少年にとって映画の 大学だったが、よりその感を強くしていたのは、毎月出ていたB5 のプログラム。各上映作品を細かな字で、アカデミックでかつマニ アックな説明をしていて、それを読むことは映画についての勉強そ のものだった。映画にとって監督が、ひじょうに大事であるという 意識は、ここのプログラムを読むことによって芽生えたのだと思う。 (続く)
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