第9回広島国際アニメーションフェスティバル・レポート
(20002年8月22日〜26日)



前回は欠席しているので4年ぶりの広島である。その4年前の時は、 上映方法の不備などが目に付き、ある雑誌に「ご意見」を書いたものだった。 映写機の一台が極めて調整が悪い、特にいけないのが中ホールでの上映で、 スクリーンが「非常口」の緑の明かりを大々的に拾っていた。で、 今回はといえば、見事に解消されていた。中ホールに限らず大ホールでも 上映時には「非常口」のランプを消していた。やっと、国際フェスティバル のスタンダードになったわけだ。

文句を言ってはいても、アニメーション映画祭での上映の大変さは、重々承知している。 普通の(劇映画などの)映画祭では、個々の作品ごとにフィルムのフォーマットの違いや プリント状態などの違いはあっても、基本的には1プログラムに1本の上映である。 いったん上映が始まってしまえばフィルムが切れでもしない限り、一丁上がりである 。 こちらはといえば、1プログラム10本以上だし、特にコンペ(公開審査)となれば、 35ミリに16ミリ、さらにはビデオ。スタンダードにワイド、当然、プリントの 状態や、焼き込まれている音のレベルの違い。上映時間も30秒のCFから、 独善的な描写をたらたらと30分近く続けるものまでと、千差万別。映写技師の 苦労、いかなるものやら。このフェスティバルも第9回を迎え、会場もここ5回ほどは 同じ場所だし、やっと安定期に入ったというべきか。

肝心の作品の方はといえば、かんばしくない。もう久しく巨匠の時代は去った といわれているが、映画祭を代表する人物どころか、映画祭を席巻する作品さえ なかった。グランプリは去年(今年ではなく)のアカデミー受賞作、オランダのマイケル・ デュドク・ドウ・ヴィッドの「ファーザー・アンド・ドーター」という古証文だし、 ヒロシマ賞のイギリスのスージー・テンプロドンの「ドック」となると、見たことさえ 忘れてしまいそうな作品。見ごたえがあったのは、例によって審査員が個別に選ぶ 国際審査員特別賞にあった。チェコのミシャル・ポルタの「プリママルズ」、カナダの タリの「ラ・ピルエット」、そしてポール・ドリエッセンの「氷山を見た少年」。 とはいえ、ドリエッセン作品も、いよいよ年期の入った手堅さは認められるが、 彼の代表作とは、とうていいえないでき上がりだった。

個人的には、なんの賞にもひっかからなかったが、ベルギーのVincent Patar, Stephane Aubier の「パニック・イン・ザ・ヴィレッジ・”ザ・ケーキ」と、 カナダのマルティーヌ・カートランドの「ブラック・ソウル」の2本。CG全盛の 時代において、手作りの魅力と、その技法にぴったりのストーリーを展開していた。

コンペ以外では、例によって「ベスト・オブ・ザ・ワールド」(3プログラム)「アニメーション・ フロム・ザ・ワールド」(2)「平和のためのアニメーション」(2)といったプログラムが 並んでいたが、ベストとはいっても、このプログラムのために改めて「ベスト」の 作品を世界中から招請した、ということではないようだ。応募作の中からコンペに 外れた作品を集めたとおぼしいのだ。

「子どものためのアニメーション」(3;4のみは、広島のかつての受賞作品集)や、 「学生優秀作品集」(6)もどうやら同じ。コンペの4プログラムと合わせると応募作が 20のプログラムに渡って上映されたことになる。CG全盛になり箸にも棒にもかからないという作品が ほとんどなくなり、選外作品とはいえ見るに耐え得る事情もあり、 選外作品の上映は厳選された「パノラマ」だけのアヌシーに比べると、アニメーションの 「今」を、よりトータルに知ることができる訳で、筆者のような 立場の人間にとっては大いに有り難いことだと言えなくもないが、一般のお客さんにとっても そうだと言えるかどうかは、ギモンではある。

特別上映ではアブ・アイワークスの孫娘が自ら持ってきた、アブこそがミッキーを 創った人物だと主張するアブについての作品。だからといって、ディズニー側と 敵対しているわけではなく、この作品の冒頭にはブエナ・ヴィスタのマーク。 もうミッキーの神話は捨てようや、というロイ・ディズニーの決断により、この 作品に対してのディズニーの出資が決まったという。それだけに、アニメの歴史を ひっくり返すような、重大な「事実」が含まれることはなかったが、昔からの ファンとしては、断片とはいえ「空軍力の勝利」の動く絵を見ることができた ことで、マル。(特に、筆者を含む何人かは1989年のアヌシーで見事に肩透かしをくらって いるので、よけい感慨が深かったといえる)

拾い物は、ブラジル最初の長編アニメ、中島逸平の「ピコンゼー」。1926年、大分 生まれで、56年にブラジルへ移住するまで、新聞の漫画を描いていたという。 ブラジルではCFや短編アニメ作りに携わり72年に長編に到達する。で、出来は いかがというと、実に心もたない描画に動き。村に山賊が襲いかかりヒロインを 連れ去ってしまう。ピコンゼーは単身山賊の住処に乗り込むが、多勢に無勢。 村に帰り、相談の結果、腕に覚えのある人たちの味方が必要だ、というわけで 人探しの旅へ。「七人の侍」である。拳銃の名手に、投げナイフの名人、背景が ラテン的な感じの原野となれは、サムライよりは「荒野の七人」か。と思いきや ピコンゼーは、彼らを雇わずに自らが仙人に弟子入りしてしまう。

戦闘に7人もの名人が登場するとなると、描き分けがたいへんで、スタッフの 力量では無理と判断したのだろう(短編のCFではUPA風のテンポの良い 描画を展開していて中島自身は優秀な描き手だったようだ)、だからといって、 せっかく描いた絵を使わずにはいられない、ということか。

村人と山賊の戦闘が始まるが、いったん終了を思わせても、一度では終わらず、 ちゃんとだめ押すあたりはオリジナルを見習っている。へたくそなアニメでも 最後まで興味が続くのは、ストーリーの骨格がちゃんとしているからだろう。 傑作、名作にはほど遠いが、味のある作品、と位はいえるのではないか。

初めの3回ほどは、世界のアニメ界の大家が来ていた広島フェスティバルだが、 最近はほとんど来なくなってしまった。そんな中で大会名誉会長が誰なのかが 注目の的だった。特にウォード・キンボール、ハリーハウゼンは、芸術的短編を 主とするという映画祭の性格にはそぐわない人選だったが、ファンとしては 彼らが居るというだけで、この映画祭に参加する意義があった。

で、今回は、というと作家ではなく、ニコール・サロモンという評論家兼コーディネータ。今回の 大会が、いまひとつ華やかさに欠け盛り上がらなかった理由のひとつである。 が、最後に彼女についてエピソードを付け加えておきたい。

今回の表彰式で、もっとも大きなため息が流れたのは観客賞として「ファーザー・ アンド・ドーター」が呼び上げられた時。居合わせたほとんどの人が真島理一郎の 「スキージャンプ・ラージヒル・ペア」だと信じていたからだ。この作品が 無冠に終わったのは、今大会の最大のミステリーというべきだが、表彰式後の パーティでは、このミステリーへの抗議に満ちていた。真島の回りには常に人だかりで、最後は胴上げが始まる など、完全に彼が主役だった。で、その彼のところにサロモンが近づいてきて、「今回の 作品では誰もサロモンの板を使っていなかったでしょう」「次は必ず使ってね」 とキスを送ったとのことで、単なるアニメおばさんではない、チャーミングな 側面を見せたそうだ。真島氏、2重の意味で感激。

この話しを聞いた時、だから、アヌシーなのかと、長年の謎が解けた気がした。 真島によれば、スキー板の世界では、正にサロモン財閥で、彼女はその財閥の お嬢さんである。観光地アヌシーの真のシーズンはスキーの季節だし、彼女が アヌシー在住の理由が分かった。彼女の力がアヌシーをアニメーションのメッカとしたのである。

サロモンの板を使わなかったのは、確かにミステークだったけど、改めて 審査員の顔ぶれを見てみるとブルガリア、ハンガリー、韓国、チェコ、アメリカ それに日本である。わが国以外はスキー・ジャンプなど無いに等しき国ばかり。 (アメリカにはあるかも知れないけど、決してメジャーではない)。 ギャグが通じなくても、仕方がないか。


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